
いやー1500万だ2000万だって、とっても考えられないような値段の車が売れてくもんなんですね。いやいや、市販車で世界でいちばん速い車に至ってはだいたい2億円くらいするんだそうだ。
そういう、世界の一流車にもいろいろございますが、
お金はいくらでもあるので糸目をつけないと仮定して、どの車が欲しい?
と兄A氏に聞いてみた。
「うーん、お金持ちがそういう一流車をたくさん持ってても、うらやましい感じはしないんだよね」。
ふーん。じゃあ欲しい車って?
「うーん、 ・・・やっぱりスーパーカーなんだよねぇ」。
スーパーカー?
「だけど、今のスーパーカーじゃない」。
??どういうこと?
今、新製品としてのスーパーカーの魅力がだんだん失われているという。
いや、もちろんモデルチェンジごとに技術革新してるし、
その度にどんどんよくなっている。
よくなりすぎて、どの車もあまりに「そつがない」、
優等生な車になっているんだそうだ。
もちろん、スーパーカーはそれぞれ素晴らしいブランドネームだ。
「ブランドと安心感」で人気は衰えない。
新車を買おうものならディーラーで2年待ちなんてざららしい。
高性能なその車は、素晴らしい機能が充実している。
運転しやすいパワステはもちろん、
オーバーステアやアンダーステアなんかコンピューターが上手に制御する。
シフトも車が自ら最適にチェンジする。
なんて素晴らしい「へたくそお助け機能」なんだ!
誰が乗っても上手に乗れる。
つまり、どの車も結局似たようなものになってしまうのだ。
これを得た人は、
まるで自分のドライビングが上達したような気分に満悦し、
これほどのブランドが所有できる自分であることに胸を張る。
「そんなの、つまんないよね」。
スタイリングだって、きちんとクラッシュテストをクリアする
頑丈な躯体を持っている。
それはつまり削ぎ落とせるフォルムに限界があるということで、
世界最高のデザイナーがデザインしても「ブタ」感は否めない。
「昔のスーパーカーは、クラッシュしたらすぐに人が死んじゃうような車だった」。
スタイリングは薄くシャープで、刀のようにエッジが効いていた。
すべて手で板金していたそれは、プレス加工では及ばない曲線を描いた。
「それはもう、ほんとうに美しかったんだ」。
クラッシュしたらすぐに死んじゃわない方がいいとは思うが、
滅んでしまった美しさを思うと、なんだかちょっと切ない。