
車好きは、見た目にこだわるタイプと走りにこだわるタイプ、この二つに大きく分かれるのではないだろうか。
かつての私の上司も、デザイン命の見た目にこだわりたいタイプだった。バブル期、彼が所有していた車は、国産のスペシャルティカー「P」。そう、日本語で「前奏曲」という名のあの車。
ヘッドライトがリトラクタブルで、スポーティーかつスマートなデザインが、バブル期の女子大生や若いOLたちを虜にしたものだ。運転席側に助手席のシートを倒せるノブがあり、デートにおあつらえ向きな仕様が男性たちに重宝がられてもいた。
当時、私の上司は50歳近い年齢で既婚者だったが、デザイナーという職業柄か、見た目のかっこよさに惹かれ、即決で真っ赤な「P」を購入したのだった。
バブル期、デザイン系の仕事は企画ものがバンバン入っていた時代で、コンペやプレゼンが相次ぎ、私が勤めていた小さな制作会社も日夜多忙を極めていた。当然、深夜まで仕事という日々で、私の上司もほとんど自宅に帰ることなく、仕事場かその隣にあるビジネスホテルに寝泊りしていた。
すると1週間から10日に一度の割合で、上司の奥さんが着替えを持って仕事場にやってくるのだ。
真っ赤な「P」に乗って。
当時、運転すれば、誰もが振り向いていた「P」。しかも、いかにもな真っ赤なボディとくれば、どんな人が運転しているのかとチェックが入る。
が、しかし。「P」から降りてくるのは、小柄で小学生のようなショートヘアをした、どちらかというと軽の方が似合いそうなとっても庶民的な上司の奥さん。着替えの入った紙袋を両手にひっさげ、仕事場めがけてにこにこしながらやって来るのだ。
そのとき、上司には免許がなかった。正確には、免許を失効していた。忙しさのあまり、免許の書き換えを忘れてしまった彼は免許を失い、せっかく買った「P」も自分で運転することができなかった。
見た目、という点ではデザイナー然としていて、サングラスの一つもかければ、今で言う“チョイワルおやじ”風情だった上司だが、いかんせん、乗るのはいつも助手席。ギュインギュインと威勢よく運転するのは妻であることに、彼は複雑な心境だったに違いない。さびしげに助手席に乗り込む彼の背中が、すべてを物語っていた。
「P」が人気を極めたのも今は昔。5代目で姿を消して久しい。ミニバンタイプの車が興隆を極める今、「P」のように目的がはっきりくっきりした華麗なデート仕様車が懐かしい。
そんなことを思う私は、未だバブルを引きずってしまっているのかも……!?