
3年ほど前、国産ツーシーターがフルモデルチェンジしたとき、幸運にもその試乗モニターに選ばれたことがある。
一般公募で選ばれたモニターは私を含め3名だったが、プラス、全国にあるその車のファンクラブからも代表が7~8名招待されていた。彼らは当然ながら、筋金入りのファンである。したがって、会話はすべて車の話。トランスミッションがどうとか、サスペンションがどうとか、初代に比べ今回はとか…。高度すぎる彼らの会話の中身におそれおののき、私は会話の輪の中にまったく入ることができなかった。
試乗の前には、コンベンションルームで開発チームからのプレゼンテーションがあった。会場には現物の車やエンジン、ボディの色見本などが展示され、丸テーブルにはおみやげも。スクリーンに映し出される車の映像もカッコイイし、音響もばっちり。なんだかディナーショーにでも来ているみたい。
照明を落とした会場に、いきなりスポットライトが当たり、一人の男性が現れた。開発主査の登場だ。
うめくようなため息がもれる。ファンクラブの面々からだ。彼らの瞳は、開発主査その人に一点釘付け。漫画にしたら、間違いなくハート型だ。陶然と開発主査を見つめている。
そりゃ無理もない、彼らが大好きなその車をつくった人だもの。
失礼ながら、私には普通のおじ様にしか見えないその方は、彼らにとっては超特別な存在。愛する車の開発そのものがドラマであり、ロマンだとしたら、開発者はヒーロー、いや、もはや神!?
ファンクラブの代表たちは熱いまなざしで、主査の一言一句をメモし続けているのだった。
プレゼンが終わると試乗会だ。午前、午後と異なるコースをずんずん走り、その後はミーティング形式で開発チームとのQ&Aが行われた。ここでもファンクラブの人たちは、試乗の感想を交えたマニアックな質問を矢継ぎ早に投げかけ(つまり、私にはちんぷんかんぷん)、私はただただ感心するばかり。
試乗会の締めくくりは、海辺のおしゃれなゲストハウスでのパーティーだ。プールの周りに設けられたテーブルで夕日を見ながら、おいしい食事とお酒を楽しみ、参加者同士が歓談するという趣向。会場には、開発チームのメンバーはもちろん、テストドライバーなど、モデルチェンジに関与したスタッフ達も多く列席しており、サンセットと生演奏を和やかに楽しんでいる。
すると、彼らの席を縫うようにうごめくあやしい人影が…。ファンクラブ代表の一人がクラブフラッグを持って関係者一人ひとりにサインを書いてもらっているのだった。彼は、結局、パーティーの間中、料理にもお酒にも手をつけず、汗だくになりながら、ひたすら関係者からサインをもらい、記念撮影を続けていた。「だって、地元でクラブのみんなが待ってるもん」彼はそうつぶやき、サインでいっぱいになったクラブフラッグを愛しげに見つめるのだった。
あぁ、なんと美しいファンクラブへの愛! そして、崇高なまでの車への愛!! 素人の私には、決して踏み込めない神聖な領域が、そこにあることを知った。