
哀愁に満ちたピアノの旋律。
白いセダンの前にタキシード姿でたたずむ紳士。
そのCMをひと目見たとき、「絶対、乗りたい!」と強烈に思った車がある。
T社のC。1980年代、姉妹車のMとCHとともに爆発的に売れ、ハイソカーブームを巻き起こした車。
CMでは車そのもの以上に、音楽と映像の織り成す効果が素晴らしく、まだ見ぬ大人の世界を感じさせた。当時の私は、運転免許すら持たない田舎のハナタレ高校生。刺激の少ない田舎暮らしの日々に、そのCMから受けた衝撃はすさまじく、大人の車=Cと頭の中に刷り込まれてしまったのだった。
そのCMに登場していたのは、私のあこがれの人、俳優の山﨑努。
私事で恐縮だが、わたくし、彼の30年来のファンなのだ。小5で火がつき、中学ではドラマをかじりつくように見、高校時代は彼が起用されていた時計会社のポスターを店の人に頼み込んでもらって帰り、結婚するまで自室にずっと貼っていた。
当時から、 山﨑努という人は渋くて存在感のある俳優だったが、そのハイソカーCのCM(GX71のバージョン)での彼は、バックに流れるジョージ・ウィンストンのピアノ曲「あこがれ/愛 」の切ない旋律とあいまって、都会的で洗練された大人のムードをムンムンに漂わせていたのだ。
「大人になったら、絶対あの車に乗りたい!」と心に誓い、やがて私は成人を迎えた。あいにく、付き合った彼氏は誰一人としてハイソカーCには乗っていなかったが…。
最初に付き合った彼がピアノの曲が好きと聞き、「じゃ、車でこれ聴いてみて」と、すかさずダビングして(当時はまだ、カセットだった)渡したのがジョージ・ウィンストンのあの曲、「あこがれ/愛 」。
しか~し、ダビングしたテープを渡した数日後のデートで彼は、こう言い放ったのだ。
「これ、返すわ。車で聴きようたら、眠とうなるけん」
ガガ~ン。まるで、子どものような彼のリアクションが受け入れられず、その恋は数週後に終わったのだった。あ~、グッバイ、マイラブ…
結局、ハイソカーCに乗る機会もなく、四十を過ぎてしまった。ハイソカーCも過去の車になってしまったが、山﨑努は未だに私の憧れの人だ。
最近はよくしたもので、YouTubeで当時のCMを見ることができる。
今、見ても山﨑努はたまらなくカッコよく、ジョージ・ウィンストンの曲は別の意味で、私の胸に切なく響くのだった。そして、私は山﨑努に似ても似つかぬ男の嫁になっている。
※この記事は実話をもとに書いたものです。