
その男、50代半ば。会社経営者。そこそこの車好き。
一年ほど前までは、T社のラグジュアリーセダン・Mを乗り回し、ご満悦だった。奥様は、フランスの自動車メーカー・Cの中型ハッチバックにご乗車。夫婦共に優雅なカーライフを送っていた…のだが…。
今年に入って、月に3~4万かかっていたガソリン代の節約と、自分の出張が増え、車に乗る時間が減ってきたことを理由に、夫婦で2台所有していた車を1台に縮小。T社のハイブリッドカー・Pに買い換えたのだった。
奥様がボディカラーを赤にしないと買い替えに応じないということで、シルバーを所望していた彼の意見はあっさり却下。愛妻家の彼のこと、奥さんが赤と言えば、望みどおりの赤い車を買うだけの器量は備えている。が、しかし…。経費節減とはいえ、こと車にはわがままを通したいタイプの彼が、果たして、この現状に耐えられるのだろうか、と人ごとながら案じていた。あなたなら、耐えられます?
彼は、耐えられなかった。
結局、つい最近になって、ほっくほくの笑顔で「やっぱり、もう1台買うことにしたんよね~、車」と、その場でスキップしかねない勢いでそう告白された。Pを購入後、半年あまり後のことである。
「へ? 経費節減で1台にするんじゃなかったんですかい?」と尋ねると
「だって、このご時勢で次に車買うチャンスなんて、もうないかもしれんじゃん。今、買っとかんと…」ルンルンである。結局、彼が購入したのはT社のSUV。なんでも、最近ハマっているアウトドア用の自転車がそのまま積めるのがポイントらしい。
でも、理由なんて後からどうにでも付けられる。
最終的に、彼は、奥さんに主導権を握られた車をおとなしく運転する、善良でものわかりのよい夫にはなりきれなかったのだ。新たにローンを組んででも、誰に遠慮することなく、好きなときに自由気ままに運転できる車がほしかったのだろう。
そういえば、Pに買い換えてからは、とんと彼の口から車の話は出なかった。
ところが今は、会うたびに車の話。新しいおもちゃを与えられた子どもみたいだ。
経費節減の名のもと、電気をこまめに消し、服はユニクロや量販店で求めている彼(社長なのに…)。でも、結局、また車を買ってしまった。Pに買い換えた時点で「絶対、このままじゃ終わらないだろうなぁ」という私の予想はずばり的中。きっと、彼は自分が稼げるうちは、この先もなんだかんだと理由を付けては、車を買い替えていくのだと思う。
タバコがやめられないように、きっと車もやめられないのだ。
※この記事は実話をもとに書いたものです。