愛すべきエンスーたち

バックナンバー
バックナンバー一覧

エンスーとは


Iエンスー Vol.19 身の丈主義

先日とある若者男子(とはいえ30代前半・・・若者かどうか微妙) と話していた時のこと。

「・・・っていうかボク、車持ってませんから」
え!そうなんだ。へー、困らない?
「べつに困りませんよ」
彼は都心にほど近い場所で一人暮らし、たいがいチャリで事足りるそうだ。
なるほどそんなに不便そうではない。

あのー、どっか遊びに行くときとかどうしてんの?
「遊びに?うーん、行くとしたら電車とか・・・?」
え、どんなとこ遊びにいってんの?
「どんなとこって・・・・あんまり行きませんけど」

ひょろりとした彼はそこそこおしゃれで、音楽にも詳しい。
車?欲しいなぁとは思いますけど。古い車とか。でもそこまで欲しくもないかなぁ、
ということだった。

びっくりした。
いや、というか納得だった。

車は、欲望の象徴でもあり得る。
速くて高くてかっこいい車を所有する自分が欲しい、
そのために働いて、稼いで、手に入れるのだ、
そういう分かりやすくてギラギラしい欲望の。

くだんの彼には、そういう欲望のギラギラがあんまりなさそうなのだった。

お目当ての彼女とデートするために車が必須、という時代も確かにあったが。
今のところ彼女はいない。でも、一緒に遊んだりご飯を食べたりする女友達は「ふつうに」いるんだそうだ。
街の中でぶらぶら遊んで遠出しない。スキーとかスノボとかあんまり行かない。旅に行くとしたら鉄道の旅とかいいですよね。

風流、というか
地に足の着いた、というか
体温低め、というか

そういう彼が若者のメインストリームかどうかはよくわからない。
けど、そういえば去年、とある自動車に関する意識調査のアンケートで
自動車に関する興味・関心のトップは「単なる移動手段」だったのを思い出した。
車を持たない一番の理由は「金銭的余裕がないから」だった。
まあ、昨今の景気じゃうなずける話ではある。
「車買うくらいなら他に欲しいものありますし」と彼も言う。

だけど、お金がないから買わない、という単純なもんでもないような気がする。

ブランド、ステイタス、
消費させるためにきらびやかにつくりあげられたフィクションには
もう踊らされない。
静かに、そう達観してるのではないか。
少ない可処分所得をはたくわけだから、
ほんとうにいいもの、欲しいもの、自分の興味に見合うものを
的確に選んでいるのではないか。

買いかぶった見方かもしれない。

インドの自動車メーカーが、世界一安い車を発売し、世界の自動車産業に激震がはしったという記事を読んだ。
べつに激震が走る必要もないのではないか。
安ければいいというものでもないのではないか。

エンジニアがまっとうにつくりあげる性能には、ちゃんとした選択がなされるのではないか。
それがこれからの世の中ではないのか。
とても希望的観測ではある。



※まるでわたしの作り話のようですが、このコラムはおそろしいことにすべてノンフィクションなんですよー。