
ここ1年ほど東広島市・西条で仕事をする機会があり、月に何度か西条に通っている。
もちろん車で通っている。
通うことが決まって速攻ETCを装着した。
なにかのキャンペーンで車載器がタダでもらえると聞いて、わざわざ宮島SAまでいただきに行ったものだ。
それにしてもなんて便利なんでしょう。
ゲートで停車して小銭を払うなんて面倒が、今までよく平気だったなと思うほどである。
こないだなんて目的地について昼食をとろうとするまでサイフを忘れてきたことに気がつかなかったほどだ。サイフどころかカバンごと家に置いてきたのであった。便利を通り越して自分のそこつ加減に恐ろしくさえなりつつ、飲まず食わずで無事帰宅した。
さて通いはじめる前は遠いなーと思っていた西条だが、高速乗り継いで40分くらいのドライブは、好きな音楽をじゃかじゃか鳴らして大声で歌いながら気ままに走る自由時間なわけで、案外そんなに長く感じない。ちょっとした気分転換の時間だ。
先日打ち合わせの席である人が、「このまえ西条に行ってね」と話された。
「電車で行ったんだよ」という。
ほほー電車で。着いてから不便じゃなかったですか?
「いやー、実にいい時間だった」。
ロマンスグレイのその紳士は、若かりし頃はバイク乗り、一時はスポーツカーも所有していたけれど今は都心に住み「持つ必要を感じられないので」車は持っていない。
「天気がよくて気持ちがよかったから、駅まで美味しい珈琲を片手に散歩して行ったんだ」。
電車で移動する時間は「旅」なんだよ、と微笑む。
ガタンゴトン、という心地よい揺れに身を任せて文庫本を開く。
物語の世界に夢中になっていると、もう、降りる駅に到着する。
駅から目的地まで、すぐにタクシーを拾ってもよかったがそのときは時間もあったし歩きたい気分だったから歩いてね。
確かに仕事で行ったんだけど、その行き帰りの時間は自分のものだろう?
美味そうな店を見つけて、ちょっと蔵をのぞいて・・・
そうやって話を聞いたその1日はなんとも豊かで、西条の地はとってもすてきな旅先に感じられた。
車はたしかに便利だ。
しかしその便利は、知らないうちに豊かな寄り道を失うことで成り立っている。
だからといって、よーし豊かな寄り道するぜ!なんて今さら車のない生活なんて考えられない。
時刻表どおりにいかない人生を、無理矢理ハンドリングする毎日だ。
脇目もふらずにハンドルを握り、駐車場に停めるや否や走り出すのが常だ。
だけど。
いつもの曲がり角を直進してみたら?
見たことのない素敵な風景に出会えるかもしれない。
そして
打ち合わせに遅刻して怒られるかもしれない。
優雅で豊かな時間を過ごすには、まだまだ修行が足らないわたしであった。
※まるでわたしの作り話のようですが、このコラムはおそろしいことにすべてノンフィクションなんですよー。