愛すべきエンスーたち

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エンスーとは


Iエンスー Vol.30 タイヤ供養(後編)

亡くなった父が母の夢枕に立ち、「はようタイヤを替えさせろ」と伝えてきたことから慌ててタイヤを交換することに。その話の続き。

すぐさま兄A氏にお願いし、20年来つきあいのあるタイヤ屋さんに口をきいてもらい、新しいタイヤに履き替えに行ったのである。

「タイヤ屋さん」と書いたが、そこはとてもそんな一筋縄ではいきそうにないショップであった。
入り口近くに

エンジンオーバーホール ¥200,000〜

などというわけの分からないメニュー表がある。
奥には、通常の2倍はあろうかというブレーキパッドを装着したややこしげな車がリフトアップされている。

「お願いしま〜す」と車を預けると、黒いつなぎに身を包んだU氏がにっこりと微笑み、さっそくはなみ号をリフトアップしはじめた。
同行した兄A氏が「もうU氏の手にかかればびたーっとホイールバランスも決まってすごいのよ。僕なんてかれこれ20年ココ。まかせて安心」と太鼓判を押す。

リフトアップされていく車を間近で見るのは初めてかもしれない。
あがるにつれて、みょーんとタイヤが下にさがって行く。
「ああ、あれがサスペンションストロークね」
さながら、腹の部分だけつかんで持ち上げられた猫のようである。

「ほらここ、0509って書いてあるでしょ、これは2009年の第5週に製造されたってことだよ」新しいタイヤをぽーんぽーんと地面に弾ませながら兄A氏が言う。
おお、1月末、なんともフレッシュ。最新モデルの最新だ。

「こっちは・・・1803。2003年の第18週、フランスのタイヤだけどドイツ製だね。
それにしても・・・けっこうヒビいってるねー。ミゾはまだ残ってるとはいえ、寿命を全うしたんじゃないのかな。今替えてよかったんじゃない?」

ヒビ入ってたら破裂することってあるの?
U氏「たまーにある」。
「・・・よかったねー、たまーにバーストする前に替えて」

古いタイヤをホイールごと外し、ホイールからタイヤを外していく。
雨の日も風の日も、家族を乗せて5年間。ほんとにおつかれさまでした。

針供養、というのがある。いつも堅い布地をせっせと縫う針に感謝をこめて、やわらかい豆腐にさして労をねぎらい、針仕事の上達を願うのだという。 この古タイヤならどうして欲しいだろうか。
ふかふかのレッドカーペットでころがして欲しいだろうか。それとも、余生は小学校の校庭で半分埋まって、子どもたちがキャッキャと飛び跳ねたりするのを相手して暮らすというのも案外幸せなのではないかなどと考える。

そして新しいタイヤをホイールに装着、
え!
あのー、車のタイヤって自転車みたいにチューブってないんですね。知りませんでした。
「昔はあったよね、30年くらい前からかな、チューブレスタイヤっていって、今のようなタイヤになったんだ」
ホイールにタイヤをぐっとめりこませて、くいくいと機械でかぶせていき、空気を入れるとパン!パン!と弾け張り切って密着する。
チューブがないのに空気が漏れない・・・不思議。意外と緻密なんですね。

そしてホイールの内側になにやらぽちっとついているのをはがし、機械にかけて回転させる。ホイールバランスをとるんだそうだ。
まわしてみるとどちらがアンバランスか画面に表示される。それに基づいて新たなぽちっを貼付けたり金ブラシでこすったりして、微妙なバランスを調整する。ぽちっとは鉛の重りなんだそうだ。やっぱり安いホイールやタイヤはバランスが悪く、調整が難しいという。品質は価格に正直に比例している。

作業するU氏の手元はよどみない。タイヤ交換ひとつにしても、知られざるプロの技というのがあるものだ。
「このバランスが肝心なんだよ。広島でタイヤセッティングさせたらUさんの右に出る人はそうはいないね。
もうね、Uさんがタイヤ組んだときの走りはね、クリーミィ!」

クリーミィ!!ははー。

黒光りする新しいタイヤを、はなみ号の足に装着する。
「このねじの締め加減もね、適度なトルクで締めないとだめなのよ。これがわからん人じゃったら死ぬほど締め上げたりする」
タイヤにシュシュッとスプレーをかけ、磨き上げてもらっている。
車体が黄砂でざーらざらなのが申し訳ないくらいだ。

ガレージ脇にはいろんなタイヤが積み上げてあった。
「これ、レース用ね。こっちは大型高級車用。
最近の車は車体もタイヤもどんどん大きくなってきてるんだ。
パワーのある車に対応するタイヤにしようと思うと、どんどんタイヤが固くなる。大きいし、重くなる。ハイグリップで丈夫だけど、どうしてもバランスが悪くなるから、そのブレを無意識に微調整するから運転していて疲れる。
そうじゃなくて、すーっと、リラックスして走れる、空気のようなタイヤをつくろう、ってことで生まれたのが、アナタの車がはいてる新しいタイヤ」

ほほー!最新技術の結晶じゃありませんか。
「そうだよ。タイヤなんて企業秘密のかたまりなんだから」
タイヤなんてただの黒いゴムのかたまりだと思ってました。見くびってました。お見それしました。

作業終了。お支払いし、ガレージから出る。
そうはいっても新しいタイヤの違いが分からんかったらどうしようと思っていたが、ガレージから車道に降りる瞬間から違った。ぎゃーぜんぜん違う。
クリーミィの意味が分かるわ。ほんとになめらか。

春らしくなってきた今日の空もクリーミィだ。

おとうさん、タイヤ替えたよー。
おお、これで安心したぁ、という声が空の彼方から聞こえてきそうだった。
来週の閻魔様のお裁きの時、父はこのことをうれしそうに報告するんじゃなかろうか。



※まるでわたしの作り話のようですが、このコラムはおそろしいことにすべてノンフィクションなんですよー。