
「しかしもうひとつ、木刀とはまるで考え方が違う車がある。
それが、鎖がまみたいな車」。
それはドイツが誇る夢のスーパーカー、P911なのだという。
「鎖がまって世界的に見ても異端な武器だよね。他に似た武器もあんまりない。
だいたい危ないよね。よっぽど習熟してないと使えない武器。だから使い手も少ない」。
鎖がまには二種類あり、かまの柄尻に鎖が付いたものと、かまの頭に鎖がついたものがある。頭についたものは片手で操作できる。柄尻についたものは左手にかまを持ち、右手で鎖分銅を振り回す。分銅を相手めがけて投げつけて攻撃、または相手の刀に鎖を絡めてもぎ取る、もしくは刀に絡めてにじりよりかまで斬る、あるいは鎖とかまで刀をうけ、相手の脇差しを抜いてとどめを刺す、などという多彩な攻撃が可能な武器である。
しかし、このように華麗に扱うには相当な習熟が必要である。
ヘタに扱うと振り回した鎖分銅が自らの後頭部を直撃、あえなくオウンゴールというコント的結末を招きかねないあぶない道具なのだ。
「だから鎖がまを使う人は、その難しい武器を使えることがプライドなんだ。
自在に扱えるように鍛錬すること自体が楽しいんだと思うんだ。
もちろん、使いこなせると強くなるわけだし」。
Pは「リアエンジン」、つまり車体の最後部にエンジンをのっけている。
そんな重いものをお尻に載っけるとどうなるか。前が軽くなる。アンバランスになる。
コーナリング時に不安定になる。ヘタするとスリップする。分銅鎖のようにぶーんと吹っ飛んでしまうのだ。
たいがいの人は「かっこいいけど・・・乗りにくい!!」「なんでこれがいいの?」と思う。
しかもPは普通に走らせることすら難しいことで有名だった。
クラッチミートが難しく、エンストはもちろん、納車後ディーラーから自宅まで乗って帰るうちにクラッチパッドが摩耗して無くなったとか、その伝説には事欠かない。
なぜあえてそんなに乗りにくいセッティングにしてあるのか。
後ろに重いエンジンを積むことで、全体の70%以上の車重が後ろの駆動輪にかかる。
タイヤに車重がかかればかかるほど、グリップ力は強くなる。(高校物理で習ったらしい)
つまりPの持ち味というのは、恐るべきグリップ力で加速していくこと、なのだ。
「もうなんというか、力が一滴もムダにならない加速というか、
その加速フィーリングは他の車と比べ物にならないんだ」。
もっとエンジンのパワーがある車は他にもある。しかし、エンジンのパワーだけでは実現しない加速力を、車の構造とセッティングで実現したのがPなのだ。
操るのはとても難しい。しかしPの性質を理解して、練習して乗りこなせるようになった時、ありえない力を体感することができる。
ドライバーはその景色が見たいがためにあえて険しい道をゆく。
Pという車が、ドライバーの成長を促すのである。
「Pを乗りこなせるスキルを獲得する喜び。
それって、趣味として高度だと思うんだ。
Pを自在に操れるドライバーには皆敬意を持った。
イージーじゃないことに価値があったんだ。
昔は、ね」。
昔は、??
「うん、昔は。
今は、実はそんな難しい車が売れなくなってしまった。
乗りこなす過程をすっとばして、夢のような景色だけ見たいと思う客が増えたんだろうね。だから今のスーパーカーは、電子制御で絶対スリップもしないし、運転アシスト機能もついててみんな上手なドライバーになった気分が味わえる」
お客さまは神様ですと、いつごろから言われはじめたのだろうか。
おい、ハンドルが重いじゃないか! ハイ!軽くいたします! どうしてクラッチがつながらないんだ! ですよねーもっとサクッっとつながるようにですね改良いたしまして、簡単で、便利で、もうあなた様は乗って踏むだけ! たちまち往年の名レーサー気分が味わえます。
だけどこのお客さまは、木刀ではもう満足しないのだ。
だって、ただの木でしょ?
やっぱ鎖がまじゃないと。じゃらっと危なそうでぴかぴかで、見ただけで敵が逃げていくようなのがほしいのだ。
果たしてそのオートマチックな鎖がまは、もうドライブする喜びから遠いところにきている。
木刀のポテンシャルを最大限に引き出し、鎖がまの威力に命がけで挑む。 簡単じゃないそれはしかし、命が躍るような歓びを人生にもたらす。
※まるでわたしの作り話のようですが、このコラムはおそろしいことにすべてノンフィクションなんですよー。