愛すべきエンスーたち

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エンスーとは


Iエンスー vol.49 愛し愛されて走るのさ

 Twitter(ツイッター)というのをご存知だろうか。
 IT情報誌のみならず、女性週刊誌にさえも「なぜ今ツイッター?」などという見出しが躍るということは、なんとなく見聞きしてる人が増えてきたということなんだろう。

 知ってる人がツイッターを始めたというので、昨年11月頃から始めてみた。

 まずユーザー登録(無料)して、マイページを持つ。
 で、「What's Happening?(いまどうしてる?)」という問いに答える感じで140文字以内でつぶやきを投稿する。「スタバでまったりなう。」みたいな。
 すると、タイムラインと呼ばれる一覧に、そのつぶやきが表示される。
 さきに始めてる人々をたどって、何となく面白そうなことをつぶやいてる人、発見した有名人などを次々フォローする。「フォローする」ボタンをクリックするだけで、フォローした人のつぶやきがマイページのタイムラインに反映され表示される。

 ほっほ〜。
 そこは「ムダ話」がさらさら流れていくおもしろい岸辺だった。

 

 いやいや、「ムダ話」こそ宝の山だからな。
 なぜかつぶやく人々はみな善意に満ち、中傷や批判がほとんどなく、積極的で建設的な意見が多く、しかも勉強家だ。サービス精神も旺盛で、140文字でいかに有益な情報を出せるかに精を出している。
 それにしても「つぶやき」というと返事を期待しないひとりごとだと思っていたが、明らかに聞いている誰かに向けて聞かせるために書かれたものもある。ささやき?演説?

 そしてまたここは「流言飛語なう」であることも忘れてはいけない。
 RT(リツイート)という機能で、他人の発言を引用して自分のフォロワーに読ませることもできるのでフォローしていない人の発言も流れてくるのだが、それに尾ひれはひれがついて大変なことになっていく様子も随時見られる。
 うそつきの片棒をかつぐはめになってはいけないので用心が必要だ。

 ツイッターとは何か、どう付き合うべきかなどは世の中にあまたある「ツイッター論」にまかせるとして。

 そのぶつぶつ言うせせらぎの中に、時に共鳴してざわざわ声が大きくなる言葉がある。

 最近のその言葉のひとつに
 「オザケン13年ぶりに復活」、があった。

 歌手の小沢健二氏が、自身の「hihumiyo.net」というサイトで、13年ぶりとなるライブコンサートを全国12か所で開催すると発表している、というのだ。

 へええ・・・オザケン・・・・なつかしい・・・

 

 かつてスチャラダパーとコラボした『今夜はブギー・バック』で大ヒット、一躍人気者となって「渋谷系の王子様」などと呼ばれたオザケン。姿見なくなってもう13年も経ってたんだ。
 特にファンというわけでもなかったが、当時カラオケに行けば誰かが歌い、ドラマでもCMでも彼の曲が流れない日はなかったから、時代の記憶として残っている。

 なにしてたんだろ彼、という軽い気持ちでリンクをたどり、「hihumiyo.net」を見てみた。
 そこには「読み物《小沢健二に聞く》」というインタビュー仕立ての文章があって、こんなことが書かれていた。

—————
・・・・
小沢「それで、さっきスカパラの新作が日本製の包丁のような、と言ったことに付け加えたいのですが」
うさぎ「はいはい」
小沢「ご存知の方も多いと思いますが、えーと、日本製の道具や部品は世界中で愛されていて・・・」
うさぎ「はい」
小沢「つまり、大工さんとか、料理人さんとか、道具を見る眼を持っている人たちは世界中にいるわけだけれど、その人たちみんなが『日本製のものは丁寧に注意深く作られていて、精度が高い。どうしてこんなにきちんと一つ一つ作れるんだろう?』と思うらしいのです」
うさぎ「すごいですよね」
小沢「その声を聞くたびに、日本で部品や道具を作っている人たちにお伝えしたかったので、この場を借りて各地より尊敬の念をお届け申し上げます。例えば中近東のパレスティナに家を借りていた時・・・(以下略)
—————

 彼は、1998年くらいから今までほとんど日本におらず、南アフリア、ボリビア、ベネズエラといった地で数ヶ月ずつ暮らしながら過ごしていたという。

「ものが壊れたらすぐに新しい製品に替えたりしない、いわゆる貧しい地域では、道具や部品は生きていく上で、ものすごく重要」であり、「頼れる、精度の高い部品が手に入るかどうかで、家族の生活が決まってしまう、みたいなところが」あるのだという。

 そして、第三世界の国々では、ある日本車メーカーのワゴン車がミニバスタクシーとして多く使われていること、詰めれば20人くらいまでも乗っちゃって利用していること、そういう風に使われているもんだから、部品ひとつに運転手の生活も、乗客たちの生活もかかっているのだと。
 だから日本の工場できちんと一つ一つ部品を作っている人たちは、毎日、世界平和に貢献しているのだ、と。

 そうなんだ。  ラブリーで甘い甘い歌声を思い出し読んでいたわたしはびっくりした。

 そして、
 彼の言葉を通して知った、日本車が世界の国々で信頼され人々の暮しを支えているといういい話と、先日から流れてくる、アメリカでのある日本車のブレーキ不具合をめぐる問題、そのふたつをどう捉えてよいのかわからなくてくらくらした。

 それにしても、必死に部品をつくり、技術開発してる人々は悔しい思いをしてるだろうなぁと。その人たちに、このオザケンの話きかせてあげたいなぁと。テレビで発言する日米の役人や社長やコメンテーターを見ながら、くらくらする頭でそう考えた。

 この“くらくら”感は、ツイッターをやりはじめて加速しているように感じる。

 新聞やテレビで見聞きしたことに、いやそれは実は違う、こういう見方もある、こういうことらしい、そうささやいてくるつぶやきのなんと多いことか。

 

 風がざわざわ鳴るような、人々の語る声。
 「答えは吹く風の中」と歌った人もいたよな。
 なにが本当のことなのか、何かを隠すために大きな声を出しているのか、誰かが都合よく編集した事実なのか、すぐにはわからなくても、じっと耳を澄まして聞き分けなくてはいけないと思う。

 そして、上記小沢健二氏の、おそらく自問自答の読み物は、確かなものに思えたから確かめてみたいと思った。会って聞けるわけではないけれど、彼は歌うことで聞かせてくれるのだと思うから。

 

 オザケンのコンサート、抽選で当たったら行って見て聞いて感じてきます。

※まるでわたしの作り話のようですが、このコラムはおそろしいことにすべてノンフィクションなんですよー。